人生のおわりかた
父が他界しました。
不調を訴えてからたった一週間。
あっという間に、さらりと逝ってしまいました。

年月を経て薄れてしまうであろう記憶をとどめるために、
ここに父の最期のときを記させてください。



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肝ガン、肝硬変、糖尿病・・・・・病魔と闘ってはいたが、
まだまだ何年もがんばってくれると信じていた。

本人はもちろん、私も周囲も、まったく考えていなかった最期。
それでも父は(語弊があるかも知れないが)
しあわせな気持ちで逝ってくれたと思っている。

お腹がちょっと苦しいと言って受診したその足で入院、
翌朝、医師から危篤状態だと告げられた後も、
CDプレイヤーの電池を持ってくるように私に言い、
メガネをかけて新聞を読み、テレビを観るくらいしっかりしていた。

その日の夜に、上海の妹が駆けつけたが、まだ緊迫感はなく、
父に妹の帰国をなんと説明しようかと悩んだほどである。

普段行き来のない遠方の人々を会わせることで、
父に不安を感じさせることだけはどうしても避けたくて、
私と妹は、親戚縁者への連絡を躊躇した。

そんな葛藤の中でも、Mちゃんにだけは知らせたかった。
40年も家族ぐるみの付き合いをしているお宅の娘さんで、
妹と一緒に、家族同様に父の面倒を見てくれたMちゃん姉妹。

関西から札幌に居を移した父に、変わらぬ愛情を注いでくれて、
父も本当の娘のように可愛がっていたMちゃんとそのお姉ちゃん。
Mちゃんに来てもらうことで、父が回復するかも知れない。
それが無理だとしても、最後にもう一度会って喜びの中で眠って欲しい。
そう願った私たちは、親戚を差し置いて、Mちゃんに父の危篤を知らせた。

火曜の朝、父に「Mちゃんが来てくれるって~」と告げたとき、
弱々しい声で返って来た言葉は「体拭いてくれ」だった。
私と妹は思わず、顔を見合せて笑っていた。

眠ったり起きたりを繰り返しながら、父は妹とMちゃんに囲まれて、
本当に楽しい時間を過ごしたことだろう。
気持ちよさそうにマッサージしてもらったり、
突然彼女たちの会話に割って入ったり。
危篤とは信じられないほど、父の意識はしっかりしていた。

水曜、今度は関東から、Mちゃんの姉が駆けつけてくれた。
彼女も家族同様。父はときどき眠りながらも、
きちんとつじつまの合う受け答え。
意識の混濁はまったくうかがえない。

私たち姉妹はそんな父の様子を見て、
回復は無理でもしばらく小康を保ってくれると期待を持った。

水曜の夕方に不整脈が出始め、脈が弱くなった。
妹と私はそれぞれが父の手を握り必死で呼びかけた。

 「Mちゃんもまた来るって言ってたやん」
 「ケイオスもぐぅも待ってるで」
 「またトリトンにお寿司食べに行かな」

父は目を閉じたまま、力強く私たちの手を握り返し、ポツンと言った。

 「トリトンってどこや」

私たちは泣きながら笑った。
廊下で院長に「呼び戻したね~」と肩を叩かれた。
その日は、妹が夜通し父に付き添った。

木曜の朝、病院に向かう車中で、妹からの電話を受けた。

 「脈が下がってきた。」

ケータイを父の耳元に当ててもらい、
「がんばってな!待っててな!」と叫んだ。
パトカーが何台も、なんでこんな時に私の前にいるのよっ。
もし捕まったら「父が危篤!」と叫んでやろうと思いながら飛ばした。

父は待っていてくれた。
酸素吸入の下で、ときどき大きく息を吸い込んでいた。
妹と私は前夜と同じように、戻ってきてくれると信じて呼びかけたけれど、
今度はただ、私の到着を待っていただけだったのかもしれない。
ものの5分?10分? 静かにすーっと、本当にただ眠るだけのように。

父の実の娘は妹ひとりである。
海外生活の長い妹、いつも何気ない風を装いながら、
ときどきぽつんと「まだ帰って来んのか」とつぶやいていた。
最後の数日、愛した娘とゆっくりと会話ができてしあわせだったろう。

妹と二人きりの家庭に華やいだ時間をもたらしてくれたM姉妹も、
父にとって大切な家族だった。
彼女たちの突然の来訪は、うれしい驚きだったに違いない。

私は、父にとって最愛の妻であった母の忘れ形見。養女である。
母に似てきた私との暮らしが、楽しい3年半であったことを願う。

どんなにたくさんの方のお見舞いをいただくより、「4人の娘」の見送りが
父に安らかな最期をもたらしてくれたと信じたい。



最後になりましたが、
お気遣いくださったみなさま、本当にありがとうございました。
夫さん、まだしばらく迷惑をかけてしまうことをお許しくださいまし。

(妻)
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by noru_nao | 2009-03-14 03:32 | 妻のあれこれ | Comments(4)
Commented by HIRO at 2009-03-14 07:42 x
父上様の御冥福を祈ります。

読みながら、とても貴女らしいと思いました。
『しあわせな気持ちで逝ってくれたと』貴女ガ言うのであれば間違いないでしょう。

そして私も安らかな最期であったと思います。


体調など崩さぬ様に御自愛ください。。
Commented by 事務局長 at 2009-03-14 12:14 x
合掌

変な言い方で大変失礼かもしれませんが、「素敵な旅立ち」であったように思います。きっと、人生の「幸せ」って、こういうことなのかなって。

ご冥福をお祈りいたします。
Commented by ぴんから弟 at 2009-03-14 16:22 x
しばらく更新の無いブログに、「ひょっとして」と思いながら気が付かなかった私を許してください

このようなコメントを入れることも悩みましたが、妻様の愛情の深さと悲しみを感じてキーボードをたたきました。

私の父が昔自分に言ってくれました「残された者達が精一杯生きていくことが、私達の義務だよ」

ご冥福をお祈りいたします。
Commented by 鳥好き at 2009-03-16 23:03 x
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。良き家族に見送られてとても幸せだったのでしょう。私たちは何時までも今の状態が続けばと祈るのですがそうはいかないのですね。
ただただお悔やみ申し上げるだけです。
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