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降りてゆく生き方
夫さんの前記事と同じ映画の感想を、私の観点から。
「映画評」ではなく、彼らの提示するコンセプトに対する感想です。
この映画や関連の著書(堺屋太一氏の作品ではなく)には
賛同や推奨の意見が多数あることを理解した上で、
こういう視点もあることをぜひ伝えたいと思うのです。

映画を見るにあたって、紹介サイトをチラ見しました。
物質的ではない豊かさを求める生き方を示唆する内容なのだと、
自分なりに漠然と捉え、期待を持って会場に向かいました。
集まった人々の雰囲気や聞こえてくる会話、
渡された数枚のフライヤーからイメージしたのは、
オーガニックや自然崇拝のナチュラリスト系でした。
そちら方面に無関心の私たちは
「愛好家の集まりに紛れ込んだ門外漢」
という立場だったかも知れません。

上映の前に映画に携わった人々によるトークショー。
ここで、この映画の主題がある程度は理解できるかと
期待して聴いていたのですが、残念ながら私には
汲みとることができませんでした。
・無添加や無農薬でこんなにいいものができている
・儲けようとしていないのにこんなに売れている
というような生産者の経験談を紹介されただけ、という印象です。
敢えてまとめるとすれば、"自然に逆らわないこと”、
"人のつながりを作ること"が大切なのだ、
と、それぞれが訴えてらしたと思います。
けれど、自分の生き方にフィードバックさせられるような
明確なテーマを聞き取ることが、私にはできませんでした。

映画が始まって、その冒頭に「富=悪」と
定義づけするような場面(セリフ)があります。
いきなり「プロパガンダだ!」と感じてしまいました。
その考え方の是非を受け手に判断させるのではなく、
押しつけたり誘導したりする手法には辟易します。
こうなるともう、全編通して批判的な見方になりますけど、
それを差し引いたとしても、極端な描写の連続でした。
金や権力はあくまでも汚く傲慢に人を踏みにじり、
自然や命を重視する行為は、それだけで人の和を作っていく。

現実の社会ってそんなに簡単な構造でしょうか?

この映画が訴えたいコンセプトを要約すると
「利を追求するのをやめて、人や自然を大切にしよう」
ということだと思います。
この理念に異を唱える人は少ないでしょう。
が、この映画は、豊かさと私利私欲を混同して語っています。
排除すべきは“利己的な欲”であって“金そのもの”ではないはず。
私財を投じて慈善活動や環境保護を展開している富豪たち
(大抵大企業がらみ)をこの映画はどう説明するのでしょうね?

“金”が象徴的なアイテムとして描かれているのかも知れないけれど、
それにしてもあまりにも短絡的すぎるストーリー展開でした。

保護された子熊と子ども達が無邪気にじゃれ合うシーン。
人間に慣れさせて自然に返すことのリスクを無視した
あくまでも人間目線のご都合主義エピソードが、
上っ面だけのキレイゴトを並べたような印象を強めます。

富への欲求は“悪”というよりも“人間の業”だと思います。
その業を克服するために必要なのは精神の向上や浄化だと思います。
この映画では、人の心の描写が非常に表面的で薄っぺらく、
行為のみを崇高なものと捉えているように感じてなりません。
行為や行動は、心の働きがもたらす二次的なもの。
人がどう考えたか、感じたかの結果が、
その行動に表れるのだと思います。
受け継ぐ子どもたちや、森に住む動物たちを思いやる心が、
環境保護活動に結びつくように。
他人の迷惑よりも、自分の快適さを優先する心が、
身障者用の駐車スペースを占領するように。
行為や概念のみでなく、その裏付けとなる心を育てなければ、
それはムーブメントではなく、ただのブームで終わるでしょう。

 もっとも、そこに「しがらみ」「立場」といった
 やむにやまれぬファクターが存在したり、
 排除しきれない利便性への執着があったりして、
 必ずしも理想的な行動を選択できない、という葛藤が、
 いわゆる「生きにくい社会」にしている気がしますが。


だとしたら、重視されるべきはもっともっと内面的な部分。
そういう精神面でのアプローチをこの映画に期待したのは、
勝手な思い込みと言われればそれまでなのですが。

 もう、ぶっちゃけ言っちゃいます。
 命と自然を大切に、って、
 小学生の標語コンクールじゃあるまいし。
 こんな薄っぺらい内容に、深く頷いたり
 拍手まで送っている中高年の人々は、
 これまでの人生、なにやってたんですか?
 こんな当然のことに今さら気付くような人々が
 子供を育て、世に送り出して来たんですか?


この映画や考え方に傾倒している方々には、
私の意見は不快に感じられるでしょうが、
あらためてまとめてみます。
命や自然を守ることを否とするものではありません。
利を最優先することを是とするものでもありません。
その共存の難しさに触れることなく、
打開するヒントを提示することなく、
あまりにも当然すぎるテーマを奉るイベントが
こんなにも盛況だったことに対して、
大きな疑問を抱いてしまった、ということです。

(妻)
by noru_nao | 2010-12-12 06:26 | 映画・音楽
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